短編

おーばーらいと

「君のお姉さんを裏切るなんてできないよ」と、義理の兄は言った。 初めての告白はあえなく玉砕した。その場に二人でいることに耐えられなくなって、私は家を飛び出した。「よっ、どうしたの暗い顔してさ」とぼとぼ歩いていると、クラス一のチャラ男に出くわ…

ふたりの夜はいつまでも

「さ、冷めないうちにどうぞ」 僕はマグカップを手に、目の前の彼女に語りかけた。 しかし彼女は身動きひとつしなかった。冷めてしまったのはその心。今夜0時に世界が終わることを知った時、彼女はひとり去ろうとした。だから僕はその胸に、ナイフを突き立…

あなたへ捧げる豚の餌

「これぞ男の料理だ」と父は言ったものだ。さんまの缶詰をフライパンにあけ、溶き卵と共にざっくり炒める。缶詰のタレで味付けは十分だし、後はご飯と混ぜて喰らうだけ。まさしく「喰らう」という表現がぴったりで、母からは「豚の餌みたい」と大不評であっ…

花火

ひゅるひゅる…… どん! 花火だ花火だ 花火がひらいた でっかくまあるい 花火がひらいた 真っ赤であざやか 花火がひらいた きれいだきれいだ きれいな花火だ 今年もいっぱい 花火がひらいて 僕らをなんども 楽しませてくれた ここは田舎の小学校 ここの屋上は…

ぼろぼろぼろ

大粒の汗が、子ども用スマホの画面にしたたり落ちた。 茜はハンドタオルを取り出して額をぬぐい、そのまま画面の汗も拭きとろうとした。しかしタオルはもうすっかり湿っていたため、うまく拭きとることができなかった。やむを得ず、表示がはっきり見えるまで…

君の願い、僕の願い

「世界中の人々が幸せになりますように」 真摯に祈りを捧げる君の横顔を、僕は隣で薄眼をあけて眺めている。今の君はたまらなく美しいけれども、その祈りは実は父親に向けたものであることを、僕は知っている。彼は本気で世界平和を求める大馬鹿者で、君は彼…

雨は激しく

ノックの音がした。 安雄はしばらくの間逡巡していたが、絶え間なく音が続くので、あきらめて玄関のドアを開いた。「やあ、ひさしぶり」 目の前には、ひょろりとした背の高い男が立っている。「ええと……」見たような顔だった。話したこともあるような気がし…